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私のキャリアプラン

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職歴は私なりに考えたキャリアデザインに従っています。

日本ユニバック時代


まずは会社としての体力があるメーカー系企業に入社して、コンピュータの基礎をじっくりと勉強しようと考えました。入社後半年は、実務に携わることなくじっくり勉強したことが私の基礎になっています。

その後は現場に配属され、電力会社の管理システムの開発などにプログラマーとして参画いたしました。この時はまだお客様と接する事はなく、ひたすらプログラムを作成する毎日でした。
SEとしての経験はありませんでしたが、ここでの勉強は私の技術者としての基盤です。最初に体系的な教育を受けたことが、その後のステップアップに大きく貢献しました。

菱化システム時代


メーカーで体系的な教育を受けた私は、次にユーザー系企業に転職しました。ユーザー系企業とは「システム開発が本業ではなく、本業を支援するためにシステムを利用する」企業の事です。私は三菱化成(当時)のグループ企業である、菱化システム(当時)に入社しました。入社当初はプログラマとしてシステム開発を行っておりましたが、半年ほど経つとSEとしてシステムの設計も任されるようになりました。
やがて私は技術職のまま営業部に配属になり、営業SEとして営業と客先に同行し、顧客の業務分析や改善提案、システムの提案を行うようになります。この時期は貴重で、三菱化成グループ内の様々な企業と直接話をして、業務分析と提案を繰り返した事が今につながる大切な経験となりました。

オムニサイエンス時代、システムサポート時代


菱化システムではSEとして様々な貴重な経験を積みましたが、グループ内企業が主な顧客だったため、様々な業種業態を経験したとは言えません。そこで第三段階として独立系のソフトウエア開発会社に転職しました。独立系とは、特定の企業のグループに所属していないという意味です。

ここでは様々な業種業態の会社を顧客として、システム開発を行いました。次第にSEとして顧客の業務分析、システムの提案、システムの設計をするだけでなく、プロジェクトリーダーとして複数のシステム開発を管理も任されるようになりました。プロジェクトリーダー、SEの業務がメインだったので、プログラマとして実際の開発作業を行う時間は減りましたが、全く開発作業から退いたわけではなく、時にはプログラムを作成していました。

独立してから

父に癌が見つかった事をきっかけに、自由な時間が確保しやすいという理由からシステムサポートを退職し、フリーランスで仕事をするようになり現在に至っています。

今振り返っても、コンピュータメーカーで基礎を学び、ユーザー系企業で様々な作業を経験し、独立系企業で実践経験を積むというキャリアプランは間違っていなかったと思います。転職のたびに会社の規模は小さくなっていきましたが、逆にやらなければならない事が増え、私の経験値が増した事はラッキーでした。今後は、これらの経験を活かしていければと考えております。

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